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* 以下は学研の『教育ジャーナル』5月号に掲載された作品のオリジナルです。
『さくらちゃん、かづや君へのメッセージ』Part 1
パレスチナ自治区内ガザ地区にあるラッファはエジプト国境に隣接する国境の町です。近くにはイスラエル人入植地も多いので、仲の悪いイスラエル人とパレスチナ人が毎日のように銃撃戦を行なっています。先日は5件のパレスチナ人の家がイスラエル軍の緑色のブルドーザーで押しつぶされました。保安上の理由だそうです。
数日前から、さくらちゃん、かづや君から預かった大切なお金はここラッファに届けるしかないと決めていました。フリーマーケットで自分たちのおもちゃを売って稼いだお金に、お父さんとお母さんがいくらか寄付として加えた22560円。大金です。日本出発時に成田空港でアメリカドルに換金すると179ドルになりました。
2月4日の朝、大阪の茨城市に住んでいたことのあるパレスチナ人通訳モハメド君(23歳)の案内でラッファに行くことになりました。ラッファは彼の故郷です。
ガザ地区の中でもラッファはもっとも危険な町だ
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午前中、ラッファに通じる道路はイスラエル軍によって封鎖されていましたが、午後になるとその封鎖も解かれて、一安心。
ラッファに向かうタクシーの中で「ラッファはどこにいても危険なんです。銃弾だけならともかく、ロケットを撃たれたらどこに隠れていても死んじゃいますから...。」とモハメド君は言います。緑色のブルドーザーが来て家を壊して行くこともあるそうです。
ノアエルフダちゃんとお父さん
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一時間ほどでラッファに到着しました。メインストリートには果物屋さんや洋服などを売る露天商などが出ていて活気に満ちています。とても戦場の町には見えません。でも、少し町の奥まで入ると雰囲気はガラリと変わります。建物の壁にはスイスチーズのようにたくさんの穴が開いているし、ここから出るとイスラエル兵に撃たれるという路地もあります。時々銃声や砲声が響いて、あまり長くいたい所ではありません。
近くの両替屋さんで179ドルを『イスラエル新シェケル』に換金すると854シェケルになりました。モハメドくんの提案で100シェケルづつ封筒に入れて、8家族に届けることになりました。対象は家を壊されたり、家族を殺されたりした人たちです。
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モハメド君の知り合いに案内されてその地区まで行くと、たくさんの家が壊されてばらばらになっていました。近づいて写真を撮ろうとすると「撃たれるから行っちゃダメだ!」と地元の人に止められます。
そのすぐ側にも家があって、そこに入ると、お父さんのハニ・アブ・リブダさん(28歳)がカワイイ二人の子供、ノアエルフダちゃん(1歳半)、アフナンちゃん(生後20日)と一緒にいました。
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生後20日のアフナンちゃん
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彼らの家は緑色のブルドーザーに壊されて、今は小さな借家暮らしです。ハニさんの兄弟はもう2人も殺されてしまったそうです。ここの子供たちはとても小さいけれど、もう戦争を知っています。ラッファでは戦争と関わらずには生きていけないのです。
お父さんに100シェケル(約2400円)とノアエルフダちゃんにお絵描き帳と折り紙を渡すと彼女は照れくさそうに笑って受け取りました。
私がお父さんに「少なくてすいません」と言うと、「金額の問題じゃありません。遠い国の人がここの問題を無視しないでいてくれるたけで十分です。このお金で子供の服を買ってあげます。もうすぐ犠牲祭ですから。それから日本の素晴らしい2人の子供によろしく伝えてください」といって私に握手を求めてきました。こっちの手が痛くなるくらい強い力の握手でした。
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お茶も勧められましたが、まだ7家族も残っています。日が暮れるまでにこの仕事を終えないと、また戦闘が始まって町から出られなくなってしまいます。次の家族に会うために急いで路地に出ると、「ドン!」という砲声のような音がしました。イスラエル軍がロケットを撃ったのかもしれないし、パレスチナ人が手作りのロケットを撃ったのかもしれません。
「イスラエル人にもパレスチナ人にも当たってなければいいな」と思いました。私にはどちらの側にも友達がいます。
怖がってばかりもいられません。モハメド君と一緒に次の家に向かいます。さあ、次はどんな家族に会えるんだろう?(続)
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