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* 以下は学研の『教育ジャーナル』9月号に掲載された作品(加筆、変更あり)です。

イスラエル・パレスチナに暮らす日本人シリーズ?@

『敵国レバノンの国境線に暮らす』

2002年3月12日午後12時30分。イスラエル北部、バナナ畑に囲まれたのどかな道路『シュロミ・カブリロード』を走行中の民間車両が、カラシニコフ突撃銃で次々と狙撃された。死者6名、重軽傷者7名出すこの事件は、レバノンを越境してやって来たイスラム原理主義武装組織『ヒズボラ』のメンバーによるものだと考えられている。犠牲者のうちの2人、リン・リブネ(49)とその娘アタラ(17)は近隣の村落共同体 キブツ・ハニタの住人だった。

このキブツ・ハニタはイスラエル最北端に位置し、隣国レバノン国境に接している。その居住地区からは、国境越しに『ヒズボラ』のゲリラ基地だけではなく、そこにはためく『ヒズボラ』旗までも肉眼で見ることができる。

新潟出身の佐藤恵子(31)は、甘いはずの新婚生活をこの国境地帯で送っている。イスラエル国防軍空挺部隊の兵士として占領地区ガザで任務に就いていた彼女の夫、レゲヴ・ポラト(29)は、現在大学で哲学を専攻する学生だ。

彼女が初めてイスラエルに来たのは11年前、大学生の頃だった。数年間、地元新潟の銀行で働いたものの、イスラエルを再訪。その後はボランティアや日系企業で働きながら約5年間をイスラエルで過ごしている。「旦那がイスラエル人だからここに住んでいる訳じゃない。初めてここにきた時にイスラエルに恋をしたから」と彼女はいう。今の夫と恋に落ち、結婚したのはつい最近のことだ。

レバノン国境付近に設置された
コンクリートフェンスにて
現在、レバノン側に近接した道路や居住地区では狙撃防止用のコンクリート壁設置工事が進んでいる。イスラエル北部防衛のため、レバノン南部に展開していたイスラエル軍が撤退したためだ。しかし、レバノンから吹き込む涼しいそよ風と豊かな緑が、相変わらずここをのどかな雰囲気で包み込んでいる。

彼女が若い女性たちとレバノン国境線をジョギングしていた時のこと。突然2台のイスラエル軍戦車が目の前に現れた。てっきり拘束されると思ったら、戦車から出てきた若い兵士たちは世間話を始めたそうだ。彼女曰く、これがイスラエル流の『ナンパ』とのこと。

日本人である佐藤恵子の本当の闘い相手は、レバノンや『ヒズボラ』ではなく、目下のところ、イスラエル政府であるようだ。「“ユダヤ人でない”ために行わねばならない煩雑な手続きが多過ぎ、その許可もなかなか下りないので何もできない」とため息をつく。法律上の結婚をしたものの、宗教上の結婚ができていないため、今は完全な結婚成立とはなっていない。宗教上の結婚をするためには寄宿学校で改宗準備をしなければならないが、政府からの居住ビザもラビ(ユダヤ僧)からの改宗準備の許可も数ヶ月の承認待ちといった状態だ。

緊張地帯でも甘い
新婚生活は送れているようだ

政府やユダヤ教組織の対応とは裏腹に、キブツ・ハニタの住民は彼女をコミュニティの一員として何の問題もなく受け入れた。夫であるレゲヴの家族とも関係は良好だ。彼女は、「イスラエルとパレスチナの生活レベルの格差や、占領地政策には問題がある」と思っているが、 「日本の報道ではイスラエルが悪者になり過ぎている」とも感じている。日本人にイスラエルの素顔を知ってもらうため、現在、彼女はホームページでイスラエルの情報を発信している。苦難の多い恋愛ほど燃えるというが、佐藤恵子のイスラエルに対する恋心はますます燃えていきそうだ。


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