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『あれから一年…何が変わった?』
エルサレムの新市街にある私の行きつけのバー、『スターダスト』。暗くて狭い店内にはタバコの煙が充満し、70年代のアメリカンロックが大音量で流れている。「私のこと覚えてる?」はじけるような笑顔の若い女の子に声を掛けられた。一瞬と惑ったが、すぐに思い出した。ちょうど一年前ここで会った空軍の新兵だ。一年経ったとはいうものの彼女の可愛らしさは変わっていない。初々しさは兵隊というよりも女子高校生のようだ。
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一年振りに参加したキリスト生誕の地、ベツレヘムでのクリスマスミサも同じような状況だ。いまだにイスラエル軍の検問があり、この地におけるパレスチナ『自治区』の存在は名ばかりのものになっている。前日には一年前と同じように、「ベツレヘムへの立ち入り規制を緩和する」とイスラエル政府から発表された。また一年前と同じくパレスチナ自治区のリーダーであるアラファト議長のミサ参加も、イスラエルによって拒否された。違うことといえば、「アラファトが殺された」などというインチキニュースが流れなかったことぐらいだろうか。
ベツレヘムの入り口にあるイスラエル軍の検問では、映画俳優のようにハンサムなイスラエル兵がろくすっぽパスポートのチェックもせずに、「メリークリスマス。いい夜を過ごしてください」と美しい微笑で検問の通過を許可し、キリストが生まれたとされる聖誕教会では、入場チケットを買えなかった巡礼者たちが教会の警備員と押し問答をしていた。「お金を一生懸命貯めてスリランカからここまで来たんです。ミサに参加できないなんて殺生なこと言わないで!」と拝み倒す若い女性と、「そう言われても・・・」と困る警備員の姿まで去年と同じだ。
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ベツレヘムの聖誕教会に集う
パレスチナ系キリスト教徒たち
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とはいえ、この国にもよーく探してみれば新しいこともある。少し前まであった『ロードブロック(道路封鎖)』が新しい『セキュリティバリアー』に取って代わった。テロの抑止のために路上に大きな岩を置いたり、アスファルトを掘り起こしたりしてもテロの完全抑止はできない。テロリストとその協力者たちは道路がダメなら、畑でも、草むらでも自在にすり抜けてしまうからだ。だから今では『セキュリティバリヤー』と呼ばれる壁や柵でイスラエルとパレスチナを分離し、イスラエルの治安を維持しようとしている。平和活動家たちはこれを『アパルトヘイトの壁』と呼んでいる。『アパルトヘイト』とはあの悪名高き南アフリカ共和国の人種隔離政策のことだ。この『セキュリティバリヤー』によって生活圏が分断され、70万人ものパレスチナ人たちが影響を受けているという。
キリストが起こしたような『奇跡』でもない限り、来年の今頃も、再来年の今頃も劇的に和平が進んでいることはないだろう。ヨルダン川西岸地区がイスラエル占領下に置かれたのは、奇しくも私の生まれ年1967年だ。この地には私と同じ歳の苦難が続いている。日本で派手にクリスマスを祝っているその時に、キリスト生誕の地では人々が占領やテロに苦しんでいるということを日本人は意外に知らない。
キリスト生誕地ベツレヘム
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